面白い日でした。古典芸能を現代化する舞台を偶然2つハシゴしました。
一つ目は「現代能楽集Ⅳ・奇ッ怪其ノ弐」能楽の構造とストーリー展開を元にした現代劇。
二つ目は、知人のお箏の現代作曲家先生が出演する演奏会。曲の偵察とごあいさつも兼ねて。
現代能楽集は野村萬斎・企画監修によるシリーズで「能の根本にある神や亡霊や鬼といった'人智の及ばぬ力'、スピリチュアルなものとの対峙、死者や生者の魂を鎮めるという発想、劇構造 by MANSAI、パンフより勝手に総括。。」を根底のテーマとしながら、その夢幻能の構造に沿うかのように前川知大氏が書き下ろし、監督をしている。
311を意図したわけではないというが、災害で全滅した故郷の人々が営んでいたドラマや想いがストーリーの中心だった。観客はそれを幻と知らずに引き込まれていく。
しばらくぶりに無人の故郷を訪れた神主の息子が出会う者たちの不可思議な行動のループ。そのループの意味に息子が気づいた時、出会った者たちと息子に鎮魂が起こり、ドラマは終結する。果たして誰が生者で誰が亡き者か観客が混乱する感じは、映画「シックスセンス」にオーバーラップする。
最後にわかる仲村トオル氏の役の意味と息子の驚愕。。深い。ほろっときてしまった。能を見ていて時折ほろっとくる亡霊の健気さと儚さ、そして生きて弔う者の強さと癒しをそこに見た。
SePT現代能楽集
野村萬斎氏が出演、演出、企画等関わる舞台には、いつも何かしら強い意図めいたお土産を頂くというか、余韻や宿題のような、その場限りでは昇華しきれない心地よいクセと忘れられない残り香を感じます。
箏の演奏会は、現代作曲家・演奏の先生方が生み出した代表的な大曲を3時間にわたって10曲演奏するプログラムでした。
箏人口が衰退しつつあった昭和30年代に邦楽の現代音楽家集団が集まり、箏を絶滅させてはならないと現代感覚の作品を創作・発表して邦楽人口の増加に貢献してきたそうです。日本は元々音をずらして粋とする伝統があったので、西洋的にリズムをきっちりそろえる音楽は当時とても難しかったそうです。しかし音だけで表現する世界が故か、縦社会構造が故か、時代の変化と共に新しい風を入れることが必須になったようです。
私の知人の作曲家の先生は、邦楽界の縦社会から脱して箏と西洋楽器の融合で新陳代謝を試みている方。終演後に楽屋で今日の感想を話し合い、西洋フルート族としてはこういうのもやりたいんですという要望も伝える。今後の邦楽と西洋楽器の協定を結んできました(笑)
劇場を久々にハシゴしてみて、やはり劇場はいいものだなと思いました。表現者が最高の見せ場を創ろうとし、観客もその空気を最大限体験しようと集中する空間。その場に居合わせる度に、何かが充電されていきます。